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裁判員制度:性犯罪被害者への二次被害のおそれ ―― ある性犯罪被害者の方からのメッセージ

投稿日時: 2009-05-25 (4227 ヒット)

「裁判員制度における性犯罪被害者の安全とプライバシー確保を求める要請」へのご協力ありがとうございます。
5月21日から裁判員制度が開始されましたが、性犯罪被害者を二次被害から守るための十分な配慮はとられていません。この問題を裁判に関わる専門家、政策決定者、市民の方に理解していただき、支援していただきたいと、性犯罪に遭われた当事者の方が、メッセージを寄せてくださいました。ご本人の希望により、ここに掲載させていただきます。




私が性被害に遭った当時は、遮へい措置もなく、被害者の氏名住所も当たり前に裁判中に朗読されました。

そのことをとても不安に思っていたのですが、公判がはじまってからのことです。
傍聴していた誰かが、知らせたのでしょうか。マスコミに、私の事件のことが、取り上げられました。

事件の内容、状況などから、私の周囲はもちろん、誰でもその気になれば簡単に、私のことを特定できるような内容でした。
報道された内容じたい、事実と大きく異なり、表面上は同情しているように見えても、面白おかしく脚色されたようなもので、納得のいかないものでした。

こうして被害者であると特定されたことで、私は、さらに、二重三重の苦難を受けることとなりました。
どこの誰が、情報を出したのかわかりません。ですが、いったん情報が流れると、それは勝手にひとり歩きし、取り消す手段がありません。

私は、二次被害の恐ろしさを身をもって体験しているため、こんな辛い思いを 、他の女性が多く経験することを考えると、平静でいられません。
わたし自身、何度も自殺を図ったので、わたしのように追い詰められて、何も悪いことをしていない被害者が、自殺にまで追い込まれるのではと、いてもたってもいられません。

守秘義務なく被害者の情報を知った悪意ある第三者によって、どれだけ恐ろしい事態が起こるのか。
また性犯罪においても、何の配慮もされないまま、一般市民が裁判員として裁判に参加することで、被害者がどれほどの精神的苦痛を受けるのか。
しっかりとした議論をしないまま、裁判員制度がスタートしたことに、あまりに被害者の人権へ考慮がないことに、とても残念で、憤りを感じています。

裁判での氏名朗読が守られるようになった意味は、遮へい措置、ビデオリンク制度の導入は、何だったのでしょう。司法制度を大きく後退させるようなものです。
被害者は、法廷に加害者がいること、同じ空間にいることを考えただけで、震えがとまらなかったり、呼吸困難に陥ったり、倒れたりするほどの強い恐怖を感じています。

裁判員制度の特集をテレビで見ましたが、裁判員の各席に一つずつモニターが用意されていました。
ビデオリンク制度を使ったとしても、裁判員は、裁判官と同様に、被害者の顔、表情を見ることができるのでしょうか。
また、証拠となる写真等も、全て見ることができるのでしょうか。

また、裁判員は、被害者や、被告人への質問もできると聞きました。
大勢の傍聴人がいる中、一般市民である裁判員に、被害者にとって見られたくない証拠を見られ、あれこれ質問されるなんて、
事件から長年たっている私でも、考えただけで、吐きそうです。

そういったことが、被害者をさらに苦しめる二次加害となるのではないか、と、とても心配しています。
一般市民である人が裁判員となることで、昔の裁判官のように「感じたのか」「なぜそんなひどい目にあったのに証言することができるのか、言っていることは真実なのか」
などというふうに、司法制度自体が、大きく退行してしまうのではないかと、とても、とても、心配です。


性犯罪で証拠物件とされるものは、被害者にとって、誰にも見られたくないものばかりです。
プロの司法関係者にでさえ、見せるのはいやです。それを、一般市民である裁判員に見せられ、さらに質問される可能性もあるということで、被害者の心理的重圧は、たいへんなものになります。

例えば、破けてぼろぼろになった服や下着。被害にあった直後の、顔や身体の写真。沢山のあざ、ひっかき傷、おさえつけ締め上げられた痕。殴られはれあがった顔。
太ももや腰、おなかまわり、背中、胸、腕、足。
実況見分での写真。どの場所で、どういうふうに、被害を受けたのか、ダミー人形を使って検証された写真。
婦人科等の診断書。現場の見取り図や写真。

そういった写真を、見せたいと思う女性がどこにいるでしょうか。
消し去りたい記憶を、裁判の場で、目の前につきつけられ、司法関係者ではない、裁判員に見られ、聞かれ、さらに質問されるという恐怖。

突然被害に遭って、どうすればいいか全くわからないまま、警察、検察で話すたびに、深く傷つき、辛い思いをしてきたのに、
さらに裁判では、まさに、衆人環視の中で、事件が再現されるのに等しいのです。
事件から長年たっている私でさえ、書くのも吐き気がします。まさに法廷が、セカンドレイプの場になってしまいます。

また、被害者はそれまでの性経験についても調書の中にとられます。他国では禁止されているところもあるのに、日本は未だにそういうことをしています。
なぜ、そういったプライベートで事件に関係のないことまで、知られなくてはいけないのでしょう。

被害にあってから、被害者は皆、ひどいPTSDや不眠、抑うつ状態、自殺願望を、抱えながら、必死で生活しています。
事件に関係のあるもの、加害者を思い出させるもの、そういったもの全てが恐ろしく、ささいなことで、とても動揺し恐怖を感じ、パニック状態におちいります。
加害者への恐怖、PTSD症状などで、日常生活を送るのは、とても困難になり、学校や仕事に行けなくなるなど、失うものはとても大きいのです。

それに加え、この裁判員制度により、二次被害、三次被害がさらに大きいものとなると、生きていくことさえ、望みを抱けなくなるのではないかと、私はとても心配しています。

性犯罪には、世間にはまだまだ理解されていません。司法関係者でさえ、理解のある方の方が少ないと言ってもいいくらいです。
弁護士を探す時点でも、多くの被害者が傷ついています。
また、警察や検察での取り調べ、裁判官の心無い質問、判断などで、多くの被害者が、とても傷ついた経験をもっています。

また、性犯罪の被害者は、被害後、特殊な心理状態に陥ります。
生々しい記憶がまざまざとよみがえり、パニック状態に陥ったりします。
淡々としているように見えても、自分の身に起きたことを否認する拒否反応であったり、反応することができないほど傷ついていて感覚が麻痺していたりします。
自分が自分でないような感覚、離人症と言われるような状況にも陥ります。
また逆に、あまりに過酷すぎる記憶は、抑圧され、脳に膜がかかったような感じで、全身が拒否して詳細まで思い出せず、ひどく具合が悪くなり、気絶したり昏倒したり、いうこともあります。
こういったものは全て、精神医学的な防衛反応だと説明を受けました。

精神科医やカウンセラーでも、全ての人がこうしたことを理解できているわけではないのに、一般市民が理解するのは難しいのではないのでしょうか。
精神医学の面でも、まだまだ充分なケアを性犯罪被害者が受けられる状況ではないのです。最近になってようやく、従来の他の診断名で診断していたが、性被害の影響が考えられるという認識がでてきたくらいです。実際、妄想と診断され、統合失調症の薬を無理やり飲ませられた被害者もいます。
性被害はこれだけ多いのに、医療の現場でさえ、滅多にない、ありえないことと認識されていたりなど、理解がないのです。

一般市民が裁判に参加することには、一定の意義はあるでしょう。
ですが性犯罪の特殊性、世間の無理解を考慮すると、突然裁判員に選ばれた一般市民が、いったいどれだけ的確な判断が下せるでしょうか。

何より、被害に遭った女性の、精神的苦痛を思うと、胸が張り裂けそうです。どんなにか不安で、辛く、絶望のふちにいるのでしょう。


選任手続きのどの段階で知らせるのか、どれだけの人数が知る可能性があるのか、一定の、明確な指針はありません。
配慮はするということですが、被害者の個人情報を知らせる候補者の人数が少なければいいというものではありません。

守秘義務のない候補者のうち、一人でも、インターネットに流したり、誰かに話すことで、さらに不特定多数の人が知る可能性があります。
損害賠償のことが記事の中で触れられていますが、一度出てしまった情報はひとり歩きし、取り消す手段がなく、とりかえしがつきません。
日常生活で傷ついて追い詰められていく現実は、金銭ではとりかえしがつきませんし、何よりあまりに傷つきすぎて訴訟をおこす気力さえないのが現実だと思います。

世間の理解がまだまだ足りないため、自分が被害者であると周囲に知れ渡ることで、被害者は、偏見、好奇の目にさらされ続け、多大な苦痛を受けます。
守秘義務なくこのまま運用されることで、二次被害が、永遠に絶え間なく続くことを決定づけるようなものです。

被害者が、その後の人生を、事件により不利益を被ることなく決定できるよう、被害者の人権を守るべきであり、そのためには、被害者の個人情報を守ることが絶対に必要です。

いちど不特定多数の人に知られると、勝手な情報がひとりあるきし、被害者は迫害ともいえる差別を受けることになります。
偏見と好奇に満ちた目で見られ、私生活を詮索され、誹謗中傷されるなど、まるでこちらが犯罪者のような扱いを受けます。

私は、自分は悪くないのだから堂々としていようと必死で生活していましたが、辛く悲しい思いをすることがあまりに多く、自然と、それまでしていた活動が苦痛になり、外出することさえも恐怖になってしまいました。何度自殺を考え、実行に移したことでしょう。

被害者の知らないところで、不特定多数の人に知られることで、いつ、どこで、だれから、どういう形で二次被害を受けるのか、予測さえできません。
そのため、被害者は、何の落ち度もないにも関わらず、緊張と屈辱に満ちた生活を強いられることになります。
被害者は、好んで被害に遭ったわけではありません。被害に遭ったからといって、夢や希望、趣味、特技、好きなもの、友人、家族。そういったものは何も変わっていません。
ですが、不特定多数の人に知られることで、人とのつながりが脅威に変わってしまい、今まで築いてきたささやかな世界が壊されてしまいます。

わたし自身の経験ですが、今ほど普及していなかったにも関わらず、インターネットでさんざん中傷され、
「かわいいのか」と性的な興味を抱かれたり、
「レイプされた女なら何をしてもいい」と人間扱いされず、とても怖い思いをしました。見知らぬ人がわざわざ見に来て指をさされ、ひそひそ噂されたりしたこともありました。
知人から、脅迫もされました。おかしな電話もたくさんかかってきました。
友だちとはぎくしゃくしたり、知らない人にあれこれ詮索されたりしました。今では、実家に帰ることさえも苦痛で、昔からの友だちとの絆も壊れてしまいました。
とても心配でたまらないのが、弱っている被害者につけこんだ第三者により、さらに性被害を受ける危険性があるということです。
実際にそういう被害を受けた被害者も数多くいます。

被害に遭ったこと自体も、心身を破壊的に傷つけられます。生きるのが困難なほどの苦しみです。

二次被害、三次被害を受けることで、さらに壊滅的にダメージを受けます。不特定多数の人に、被害者であることが知られることで、人とのつながりが、脅威でしかなくなりかねません。それでも、誰ともつながらずに、生きていくことはできません。

どんな人に、どんなことを、どこまで話すか、という、誰もが持っている当たり前の選択肢を、何も悪くない被害者が奪われてしまうのは、あまりにひどすぎます。
ましてや性に関することです。 信用できる人に、打ち明けるという選択肢すらなくなるのは、ひどすぎます。

どんな事情で被害にあっても、悪いのは加害者です。
被害者が悪くないというのは、厳然たる事実です。それでも、性犯罪では、被害者の「落ち度」を責め立てられるのが現状です。

更なる苦痛、世間の偏見、好奇の目、差別、そういったものに、立ち向かうのは、被害者がするべきことではないと思っています。
もっと社会に守って欲しい、強くそう思います。


選任手続きの段階でも、裁判の段階でも、
あまりに被害者の精神的重圧が大きすぎ、自殺へ追い込まれる被害者がさらに出るのではと、いてもたってもいられません。
性犯罪は、裁判員制度で扱うには、リスクが大きすぎ、公平な判断が下せず、被害者をさらに傷つけ苦しめることになりかねないと懸念しています。


そうすることで、性犯罪を訴えるハードルがますますあがり、性犯罪がますます増長するのでは、と心配でなりません。
性犯罪は社会の理解がないため、被害者は訴えることさえ、ためらいます。
裁判員制度の対象事件の中で性犯罪は二割ということですが、この制度により、訴えることがより困難になり、性犯罪が増長する結果を招きかねません。


精神医学上も、被害からの回復には、何よりも「安心感、安全感をもって暮らせること」から始まるとされています。
それは私をふくめ、多くの被害者の話を聞いても、とても納得できることです。


二次被害、そして不特定多数に知られることで起こりうる三次被害により、日常の生活さえ、恐怖におとしいれるようなものであり、
安心感を持って暮らすことなど、全く叶わなくなるに等しいと思っています。

この性犯罪も裁判員制度の対象となることで、
被害者の将来を、未来を、司法が、国家が、完膚なきまで被害者を叩きのめすことになってしまうのではないでしょうか。

性犯罪を裁判員制度の対象から外すか、もしくは安全措置が講じられるまで、選任手続き、公判手続きを延期するべきだと思っています。

わたしのような地獄のような苦しみを受けた被害者を、これ以上もう、出したくないのです。
その方たちのことを考えると、身を切られるような思いです。




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