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中曽根元首相の「慰安所」設置関与資料を発見

投稿日時: 2011-11-12 (2020 ヒット)

 中曽根康弘元首相がアジア太平洋戦争中、ボルネオのバリクパパン(現インドネシア)で慰安所の設置に関与したことを示す旧海軍の資料を、高知市の市民団体「平和資料館・草の家」が入手し、10月27日に発表しました。

 中曽根氏は1978年に出版された回顧録で、旧海軍の主計長としてバリクパパンにいた当時、「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある」と記していました。

同氏は2007年3月、日本外国特派員協会においてこの記述について追及された際、「作ったのは工員の休憩と娯楽の施設」として否定していましたが、「草の家」が防衛省防衛研究所の史料閲覧室で発見した資料は、中曽根氏の「慰安所」設置への関与を裏付けるものです。

発見された資料は、「海軍航空基地第2設営班資料」で、「第二設営班 矢部部隊」工営長の宮地米三氏(海軍技師)の自筆を含めた資料をもとに、1962年に防衛省(当時庁)がまとめたもの。飛行場整備などが終わった後、「気荒くなり日本人同志けんか等起る」ようになったため、「主計長の取り計らいで土人女を集め慰安所を開設」したところ「気持の緩和に非常に効果ありたり」と記されていました。この「主計長」である中曽根氏の氏名が記載されています。慰安所の場所を示す地図も記載されていました。

資料を発掘した「草の家」の館長は、11月8日に中曽根氏に公開書簡を送り、設置された「慰安所」の具体的な場所や仕様、目的、また、集められた女性たちはどのような人たちだったのか、中曽根氏自身が募集を支持したのか、「慰安所」設置は日本を出発したときからの計画だったのか、「慰安婦」制度に関する現在の考えなどを尋ねています。
 
【報道】
「中曽根元首相、慰安所『取り計らい』 旧海軍資料に記述」(朝日新聞)
「『土人女を集め慰安所開設』中曽根元首相関与示す資料」(赤旗)

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