特別公開「女たちの21世紀」No.95「【国内女性ニュース】働き方改革、女性は情報戦で敗けた」竹信三恵子
2018/10/09「女たちの21世紀」No.95【特集】「夫婦別姓」はなぜ阻まれ続けるのかに掲載した「【国内女性ニュース】働き方改革、女性は情報戦で敗けた」(竹信三恵子)をウェブ公開します。
働き方改革、女性は情報戦で敗けた
「働き方改革関連法」が2018年6月29日、成立した。「残業の上限規制」「同一労働同一賃金」といった、働く女性たちの悲願だった改革を、同じ名称の下に、ことごとく真逆のものに変えていったのが、「関連法」だった。
過労死水準の残業規制
まず、「残業の上限規制」から見てみよう。日本の労働基準法で、労働時間は週40時間、1日8時間までとされているが、労基法36条によって、労使協定を結べばほぼ青天井で残業させてもいい抜け穴が問題とされてきた。これに対し厚生労働省は通達で、健康を守るためには週15時間、月45時間、年360時間までの残業とする、という目安を示してきた。
今回は、この条件のうち、月45時間と年360時間までの残業規制は労基法に書き込まれた。だが、長時間の残業に歯止めをかけるために必要な週15時間までという規制は落とされた。さらに、協定を結べば通常の場合で2~6か月間の平均が80時間、特に忙しい時期には1か月で100時間未満、年720時間(休日を入れれば960時間)が上限とされたことで、厚労省の過労死基準とほぼ同水準の残業時間の容認が認められた。
同時に、3つの労働時間基準が労基法に併記されたことで、国際基準である1日8時間までの原則は、相対化されてしまった。
しかも、労働時間規制を事実上空洞化する裁量労働制の大幅規制緩和と高度プロフェッショナル制度(高プロ)までが法案には入れ込まれていた。裁量労働制は、データの捏造事件が問題になり、いったん引っ込められたが、高プロは通った。
24日間連続労働も可能
高プロは、第1次安倍政権の2007年、世論の厳しい批判で断念に追い込まれたホワイトカラー・エグゼンプションとほぼ同じつくりで、「高収入、高専門」の働き手について労働基準法から、1日の休憩時間、週末の1日休みも含め残業代や休憩時間などの働き手の健康を守る規制部分をそっくり適用除外にするものだ。
批判に対し政府は、健康確保措置として、4週4休などを確保するとした。一見週末の1日休みと錯覚させるが、月初めに4日休ませればあとは24日ぶっ続けで働かせることも可能なつくりだ。残業代ゼロどころか「過労死促進法」「定額働かせ放題法」と呼ぶべき法だ。
経営側や政府は、高プロは労働時間規制がないから「働き手が労働時間に縛られず自由に帰れる」とPRしてきた。裁量労働制は、仕事量をコントロールする権限が働き手にないため、たくさんの仕事を投げ込まれると「自分の裁量」で自発的に長時間労働せざるをえず、過労死の温床と言われて
きた。高プロの条文にはこの、「働き手が自分の裁量で労働時間を選べる」という条文さえない。実は「会社が労働時間に縛られずに自由に働かせられる」制度なのだ。また、「高収入(現在1075万円以上といわれる)・高専門」の縛りがあるため、自分は関係ないと考える女性も多かった。これも、具体的な要件は省令で決まるので、今後、より低い収入や、より広い職種まで範囲が拡大されていくという懸念が指摘されている。
女性が働き続けるには、毎日の家事・育児・介護といった無償労働をこなせる時間が最低限必要で、1日8時間労働はそのための最低ラインだった。これを大きく逸脱し、妻の無償労働負担を前提とした働き方(「妻付き男性モデル」)、ケアがないことを前提にした働き方(ケアレス労働者モデル)を標準とした残業容認を労基法に書き込んでしまった。
1日の労働時間に歯止めをかける制度として期待された「勤務間インターバル規制」は、企業の努力義務にとどまった。厚労省は「過労死防止大綱」の改定案で、この制度を導入する企業の割合を2020年までに10%以上とする数値目標を初めて盛り込んだ。だが、これでは企業間格差が拡大、中小企業やブラック企業で働くことが少なくない女性の基本的な権利とは程遠い。
転勤しないと低賃金もOK?
こうした労働時間改定の問題点に加え、もうひとつの柱と騒がれた「同一労働同一賃金」も、逆行と言えるものに終わった。
2016年12月、そのもとになる「同一労働同一賃金ガイドライン案」が発表された。ILOなどの国際基準では、「職務内容が同一なら同一賃金」が原則だ。その度合いを差別感を排して客観的に見るために、職務評価を行い、スキル、責任、負担、労働環境の4つのポイントで点数化して合算したものを比べるという方法をとる。
一方、「働き方改革」の同一労働同一賃金では、賃金格差が①「職務内容」、②「職務内容・配置の変更範囲」、③「その他の事情」の、客観的・具体的な実態に照らして不合理なものであってはならないとされた。「客観的・具体的」とされてはいるが、認定の仕方によっては、同じ職務をこなしていても異動や転勤の範囲が違っていたり、ほかに何らかの事情があったりする場合は差があってもいいことになりうる。特に、①を幅広くとられれば、家族のケアを抱えて転勤などが難しい女性にとっては、間接差別(直接的に性差を理由に差別するのでなく、一方の性に不利な条件を設けて結果としてその性に不利益を与える差別)になりかねない。
2013年度から施行されていた労働契約法20条では、有期契約社員と無期契約社員の間の不合理な労働条件格差は禁止された。だがここでも、職務の内容(業務の内容および当該業務に伴う責任の程度)、当該職務の内容および配置の変更の範囲、その他の事情が条件とされ、2015年改正のパート労働法でも、正社員との均等待遇にほぼ同様の条件がつけられている。つまりは、一貫して女性への間接差別につながりかねない条件づけが行われ、「ガイドライン」でも基本的にはそれが引き継がれた。
6月には、労契法20条に違反しているとして契約社員らが会社を訴えた訴訟の最高裁判決が出た。そのひとつ、長澤運輸事件では、定年後の再雇用となった後、全く同じ業務内容で転勤の範囲も同じトラック運転手らが賃金を大幅に下げられたことが問われた。一審では業務内容が全く同じであることを認めて原告の運転手らが全面勝訴したが、最高裁は、年金が家族の生活を支える現役社員ではないことなどを理由に賃金格差を容認し、原告は逆転敗訴となった。③の「その他の事情」を援用した判断だ。
この訴訟では高齢者が対象だったが、女性に対しても業務内容にかかわりない差別的な裁量が容認されうることを示唆する判決だ。
こうして点検していくと、「働き方改革関連法」は、女性が活躍しにくい従来の働き方を法律で追認した仕組みであることがわかってくる。問題は、女性たちにこうした情報が十分届かず、政府広報のまま報じた多くの報道に囲まれて対抗の動きがほとんど盛り上がらなかったことだ。今回、女性たちはある意味、情報戦で敗けた。これを克服するための新しい戦略を練り直していく必要がある。
竹信三恵子/アジア女性資料センター代表理事
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「女たちの21世紀」No.95【特集】「夫婦別姓」はなぜ阻まれ続けるのか
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