《後編》髙谷幸「フェミニズム・クィア視点から入管体制を考える」──入管体制と交差的な抑圧
2024/06/02去る2024年2月11日、アジア女性資料センターは「フェミニズム・クィア視点から入管体制を考える」と題したワークショップイベントを行った。
イベントではゲストスピーカーとして、髙谷幸さん(社会学者)、宮越里子さん(デザイナー)、リモートで仮放免者のAmbeyさんをむかえ、会場・オンラインの双方で参加者による活発なディスカッションが交わされた。
本記事は、このイベントでの髙谷幸さんの発表を前・後編にまとめたものである。後編では、入管体制がどのようにジェンダーやセクシュアリティと関係しているのか、在留資格や家族帯同を認めない技能実習制度の問題からお話しいただいた。最後には、現在国会で審議されている、永住許可の取り消し法案が女性移民におよぼす影響も示される。
☆前編はこちら!
◆入管体制と交差的な抑圧
それでは入管体制はジェンダーやセクシュアリティとどのように関係するのでしょうか。
まずは前提として、その外国人がどんなジェンダーやセクシュアリティであろうと在留管理制度のなかに放り込まれます。しかし、その影響は個々人のジェンダーやセクシュアリティによって異なることがあります。
入管体制がどのように特定のジェンダーやセクシュアリティを抑圧しているかというと、まずは【図2】のタテ軸のように、入管体制自体の決まりによるものがあります。そのなかには一見するとジェンダー・セクシュアリティ・身体に対して中立なものも、特定のジェンダー・セクシュアリティを規範的/非規範的と規定するものもあります。
例えば在留資格で言うと、留学のビザの条件が「一定期間の中等教育を受けた人が取れる」となっているとすると、これ自体は特にジェンダーやセクシュアリティに関係していない感じがします。
対して、特定のジェンダーやセクシュアリティを予定しているような在留資格もあります。「日本人の配偶者等」は日本人と結婚した人に認められる在留資格ですが、法的な結婚をしないとこの在留資格は認められませんので、これは[同性婚ができない現状を踏まえると]異性愛的なものを想定した在留資格だと言えます。
また在留資格以外で言うと入管体制の中には〈収容所〉(※4)というものもあるのですが、収容エリアは男女別にはっきりと分かれており、これも特定の身体のあり方を前提にしていると言えます。
※4 非正規滞在などで退去強制手続きの対象になった人を収容する施設。東日本入国管理センター(茨城県牛久市)や大村入国管理センター(長崎県大村市)などがある。地方の収容場も含め、入国者収容所での死亡事件や人権侵害が数十件以上報告されている。長期にわたる収容に対し、民間による面会支援なども行われている。
同時に、入管体制は社会の中で機能しているわけですから、【図2】のヨコ軸のように社会の中の他の制度領域におけるジェンダー・セクシュアリティ差別も関連してきます。これにも強く絡み合ってるものと、そこまで絡み合っていないものがあり得ます。
例えば、先ほどの〈入管収容所〉というのは社会から隔絶したところに閉じ込められますので、他の制度領域や社会規範との関係は弱いと言えます。
一方で「永住者」資格など各種の在留資格は日常生活に関わってくるため社会の異性愛規範などの影響を強く受け、関係が強いと言えます。次に話す技能実習制度もこちらに位置します。
◆技能実習生の孤立妊娠・出産問題
まず技能実習生の孤立妊娠・出産の問題は、私の考えでは究極的に言えば家族帯同を認めない受け入れ制度であることに端を発していると思っています。家族帯同は技能実習生がどんなジェンダーやセクシュアリティを持っていようと認められていません。そういう意味では中立的です。
しかし頼れる家族が身近にいないことに加え、送り出し機関、日本の監理団体や受け入れ企業、パートナー、周りの人といった社会的な関係のなかでも、さまざまな理由で技能実習生は孤立していきます【図3】。これによって深刻な影響を受けるのは、結局のところ女性や妊娠した技能実習生なのです。
例えば、孤立出産する実習生のパートナーが実習生であることも少なくないのですが、パートナーも会社に言えなくて困ることもあります。しかし、産むか産まないか、帰るか帰らないか、技能実習を続けられるのか、という大きな不安は妊娠した実習生自身に押し寄せるのです。
つまりこれは「家族帯同を認めない」という一見すると中立的な制度が、日本社会や送り出し社会の中のジェンダーやセクシュアリティ差別と結びついて[非中立的に]機能しているということだと思います。
技能実習生の孤立出産では熊本のリンさんのケースが大きく報道されましたが、実は他にもいろいろあります【図4】。どれもほぼ似たようなケースです。ですので技能実習生が孤立出産に陥りやすいことは間違いないのです。
◆「永住者」資格の取り消しの女性移民への影響
最後に、ここ数日(※5)話題になっていますが、今年また入管法が改定されると言われています。この法案は実習制度を廃止して、育成就労という別の制度を作ることが目玉のひとつにはなっていますが、それに合わせて永住者の在留資格を取り消すことができる法規定が盛り込まれていると報道されました(※6)。税金や社会保険を払わない場合などに、永住許可の取り消しを可能にすることを検討しているのです。
※5 2024年2月11日時点。
※6 朝日新聞デジタル「税や保険料を納めない永住者、許可の取り消しも 政府が法改正を検討」(2024年2月5日)など。
これもやはり、女性に影響を与える可能性があるのではないかというのが私の考えです。なぜかというと、まずひとつは、そもそも永住者に占める女性の割合は約60%と高いのです。それは1980年代から2000年代にかけて、国際結婚で日本に来て定住した人に女性が多く、その人たちが永住者数の一定の割合を占めているからです。
またその女性たちはその後、日本社会のジェンダー不平等によって[女性が担うことの多い]ケア労働を中心に担ってきました。子どもがある程度大きくなったらパートをして暮らしています。これは日本人と似たようなパターンと言えます。最近では配偶者が高齢化して死別したり、すでに離別したシングルマザーや単身の世帯も増えています。さらに言うと、近年ではその女性たち自身も高齢化しています。年金なども払っていますが免除の制度がきちんと伝わっていない場合もあります。
こうして経済的に不安定なために税金や社会保険を滞納する人は、多くの場合、払えと言われても払えない人が多いのです。そういう人はやはり[経済的に不安定な立場に置かれがちな]女性が多いのではないかと思います。
こう考えると、やはり永住者資格の取り消しもまた、それ自体は中立的な制度案ですが日本社会におけるジェンダーやクィア差別と結びついた形で、実際には女性やクィアに不利な効果を持ってしまう可能性もあるのではないかと思います。
◆発表をふりかえって
現在、上に述べた、永住者の在留資格取り消し規定を含む入管法改定案が国会で審議されています。またこの法案には、技能実習制度を廃止し、育成就労という新しい制度を創設することも盛り込まれています。しかし育成就労においても、労働者の家族帯同は認められていないので、孤立妊娠・出産の問題は変化しない懸念があります。この法案とその後の行方について注視していく必要があります。
◆筆者紹介
髙谷幸(たかや・さち)
東京大学大学院人文社会系研究科教員。専門は社会学・移民研究。著書に『入管を問う—現代日本における移民の収容と抵抗』(共著、人文書院、2023年)、『追放と抵抗のポリティクス—戦後日本の境界と非正規移民』(ナカニシヤ出版、2017年)、『移民政策とは何か—日本の現実から考える』(編著、人文書院、2019年)、『多文化共生の実験室—大阪から考える』(編著、青弓社、2022年)など。