兼松男女差別賃金裁判:コース別賃金の違法性認定した二審確定
2009/10/27総合商社「兼松」の社員・元社員の女性6人が、コース別人事を理由にした賃金格差は違法な男女差別であるとして慰謝料及び賃金格差相当損害金の支払を求めた訴訟について、最高裁は20日、兼松と女性社員双方の上告棄却を決定した。これにより、同社の男女コース別処遇を労働基準法4条違反と認定した高裁判決が確定した。
兼松は、1985年の男女雇用機会均等法制定後、全国転勤で幹部昇進のある一般職と、地域限定で昇進のない事務職とのコース別人事を導入したが、一般職は男性、事務職は女性とされていた。このため、事務職の女性が定年まで働いても、27歳の一般職男性と同じ賃金に達しないなど、著しい男女間格差が生じていた。
2008年1月の東京高裁は、コース別賃金は労働基準法4条に違反する賃金差別であると判断。「男女別の処遇が公序に反するとまでは言えない」として請求棄却とした一審の東京地裁判決を変更し、原告のうち4人に対し、計7257万円を支払うよう命じた。最高裁が、この東京高裁判決を全面的に支持して確定させたことは、「雇用形態の違い」を理由とする男女間格差の是正に大きな意味をもつといえる。
一方で高裁判決は、原告のうち2名について、勤続年数が15年未満であることや、「秘書業務には専門性は認められない」ことを理由に、賃金格差の差別性・違法性を認めなかった。また、賃金差別の訴えを認めた他の4名についても、損害請求3億8千万に対し、支払命令は7300万円と、主に男性に適用された賃金テーブルの70%前後にとどまっていたが、最高裁はこれらの点を不服とする原告らの請求を認めなかった。
2009年10月
兼松男女賃金差別事件原告団・弁護団
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本年10月18日、最高裁第三小法廷は、兼松男女賃金差別事件について、労働者側・使用者側双方の上告及び上告受理申立を棄却・申立不受理とする決定をなした。
この事件は、コース別雇用管理を適用した結果生じた男女間賃金格差の違法性を問い、慰謝料及び賃金格差相当損害金の支払を求めたものである。コース別制度は、同一の募集・採用区分(雇用管理区分)にある男女の差別しか撤廃できないという均等法のもとで爆発的に広がった賃金・雇用管理の手法であり、女性の低い賃金待遇を固定化・拡大するとして批判されてきた。原審である東京高等裁判所は、均等法制定を前に制度化された職掌別賃金が、過去の男女別賃金テーブルを承継しつつ女性の勤続年数が長期化しているのに男女間の格差を拡大・固定化させてきこと、商社における成約業務と履行業務は同等の価値を有していることに着目して、コース別賃金は、労働基準法4条に違反する賃金差別であるとし、差別による賃金格差を月額10万円に相当するとして、差別による慰謝料・弁護士費用とともに賠償を命じていた。今般最高裁は、この東京高裁判決を全面的に支持して確定させた。
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最高裁の決定は、勤続年数や従事していた職務を理由に2名の賃金格差の差別性・違法性を否定し、他の4名について認めた賃金格差相当損害金が主に男性に適用された賃金テーブルの70%前後を充足させるに過ぎないのは問題であるとする労働者側の上告・上告受理理由を認めなかったという点で性差別賃金の解消に向けた課題を示した。すなわち、第1に、「秘書業務」や派遣社員等に引き継いだ仕事について、何らの根拠なく成約業務に従事する社員の仕事との同質性を認めなかった原判決を支持する点は、女性差別撤廃条約及びILO100号条約の要請する性中立的な職務評価に基づく男女間賃金格差の是正の要請に反するものである。第2に、性による賃金差別を認定するについて勤続年数を要求した原判決を維持することは、女性は一般的に勤続年数が短いことを理由に異なる取り扱いをするという統計的差別の残滓を容認するものであって、労働基準法4条の基本的趣旨を踏みにじるものである。
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しかし他方、最高裁が、使用者側の上告・上告受理申立を排除して、前記のようにコース別賃金について、異なる雇用管理区分のもとにある男女の仕事、しかも総合商社における成約業務と履行業務の同質性を認めて労働基準法4条に反する性差別賃金であると断罪した原判決を支持したことは、きわめて重要である。
(1)
第1に、コース別雇用管理に関するかつての一連の地裁判決は、コース別賃金による男女間格差は、募集・採用・配置・昇進差別の結果問題として生じたものであるから、賃金差別の問題ではなく、募集・採用・配置・昇進の問題である、また、これらの差別は憲法14条に違反した差別だが、制定当初の均等法は、募集・採用・配置・昇進の均等待遇を努力義務にとどめてきたから、差別があっても違法ではない(公序に反しない)と判断してきたが、最高裁判決は、労働基準法4条に再び息を吹き込んだ原審の判断を支持し、もって一連の地裁判決の誤りを正すものでもある。
そもそも労働基準法4条の趣旨は、女性の経済的自立が労働と生活における女性の人権を確保するために不可欠な要請であるという基本認識のもとに男女賃金差別を禁止した。戦後間もなく制定されたこの法律のもとでは、賃金の格差が女性であることを理由とするものであれば、当然この男女差別賃金禁止規定に違反して違法と判断されるべきものである。司法が、労働基準法4条の趣旨にそって、コース別雇用管理に基づく男女間賃金格差を違法と断罪したことは、均等法制定以降、女性労働の分野ですすんだ雇用「多様化」による格差の拡大に、性差別の観点から警鐘を鳴らし、契約形態が異なる労働者間の不合理な格差について差別としての救済可能性を示すものである。
(2)
第2に、コース区分の要素とされている担当職務の違いについて、職務の外形的な違いがあっても、労働基準法4条で禁止された性差別賃金であるとの判断を妨げるものではないこと、その判断においては職務の価値の同質性が問われるべきことを示したことである。これは、女性差別撤廃条約やILO100号条約が求めている性中立的な職務の価値評価の視点をふまえた賃金是正の正当性を示し、それを法的要請としたことの意義はきわめて大きい。
仕事配置上の性差別を理由とする賃金格差はあくまで男女差別賃金の問題ではなく仕事配置上の差別の有無の問題だとすると、労働基準法4条が、客観的職務評価による性中立的な労働の価値評価によって賃金格差の性差別性を可視化し、是正させていこうとするILO100号条約の要請に反することになる。コース別雇用管理では、業務区分基準として、「基幹的判断業務」「補助定型業務」という用語のもとに「仕事の違い」が賃金格差を正当化する根拠とされるが、そうした曖昧な業務の二分化は、まさに「男女」による区分とイコールで結ばれるものであるし、そうした仕事が賃金格差の理由であるというなら、ILO100号条約が求めるところにしたがって、性中立的な職務評価を実施したうえで賃金格差の妥当性を論証できなければならないはずである。最高裁が支持した原審の判断は、価値労働の物差しを通じて男女間賃金格差を解消するというILO100号条約の原則を取り入れたものと評価でき、均等法の雇用管理区分ごとに差別=違法性を問題とする判断枠組みにとらわれることなく、また全く同じ仕事に従事しているかどうかを問わない判断であることから(丸子警報器事件は全く同一の職務に従事していた)、契約形態が異なるパートや有期雇用労働者(自治体などの臨時・非常勤職員)の低賃金改善に一歩を進める根拠を示したものともいえる。
(3)
第3に、コース区分のもう一つの要素としての「転勤」条件について、長期雇用と人事ローテーションを一体のものととらえ、転勤の有無を待遇格差に結び付けることを当然視することに釘を刺し、転勤によって積むキャリアの違いが賃金格差を生み出す合理的な根拠とはなりえない場合もあることを示した。総合商社といえば国内外の転勤はつきものととらえがちであるが、転勤の実態や熟練形成に必要とされる条件などを勘案したときには、必ずしも転勤によって形成される知識や熟練に賃金等遇格差を生じさせるほどの差異を認めることはできない。こうした原審判断を支持した最高裁の判断は、均等法規則に定められた間接差別のなる基準としての転勤条項について、その解釈運用の方向性を示したものといえる。
(4)
第4に、司法は、転換制度の位置づけとあり方にも警鐘を乱打した。パート法や均等法では格差を解消する手法として転換制度に着目しており、これまでは、あたかも転換制度を設けていれば差別であるという違法性の指摘から解放されるかのような下級審判断もなされてきた。しかし、試験制度や能力・勤務評定制度の在り方などにも言及して、ただ、業務知識を得るための講習や試験、能力評価に基づく転換制度を設けたからといって、差別賃金としての違法性を解消するだけの合理的な理由にはならないと判断した原審を支持した最高裁判決は、性中立的な制度の外形を保っていても、実質が問題であり、差別的取扱いの違法性を阻却するにふさわしい転換制度など、そうそうありえないことを示すものとなった。
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労働市場が二極化して貧富の格差が拡大して、その原因が常用代替・非正規雇用化にあるという社会認識が共通のものとなっている今日、原告らが加入する商社ウイメンズユニオンは、原審高裁判決が残した課題の解決に向けて、ILO憲章24条に基づく100号条約違反の申立を行った。日本は、このILO条約及び女性差別撤廃条約を批准しながら、性中立的な職務評価に基づく賃金是正の具体的救済措置について判断基準も手続き規定も確立していない。原告らに対する救済が不完全に終わったことも、そうした現実に起因するものである。この判決を機に、雇用における女性差別の完全撤廃に向けた取り組みをいっそう進める決意を新たにする次第である。