共同アピール:「不適切な教科書」を子どもたちに渡してはならない
2011/04/01アジア女性資料センターは、3月31日、「子どもと教科書全国ネット21」の呼びかけによる、教科書採択に関する市民団体共同アピールを出しました。
共同アピール歴史わい曲・侵略戦争肯定・憲法敵視、アジアの人々との共生を否定し、国際社会での孤立化の道に踏み出す「不適切な教科書」を子どもたちに渡してはならない
2011年は中学教科書の採択が行われます。私たちは、今年の採択で自由社版歴史と公民教科書、育鵬社版歴史と公民教科書が子どもたちに渡されないよう、これらの教科書の採択に反対する活動を全国の皆さんに呼びかけます。
1. 文部科学省は3月30日、2012年度用中学教科書に対する10年度検定の一部公開を行いました。検定に合格した教科書は、4月末~5月初めに見本本が作製され、8月末までに全国各地で採択が行われます。
この中学教科書は、06年12月に安倍政権によって改悪された06年教育基本法に基づいて、08年3月に文科省が改訂告示した新学習指導要領(指導要領)に準拠して編集されたはじめての教科書です。06年教育基本法は、国家のための教育を基本理念とし、教育の目標として、道徳心・愛国心・奉仕の精神・公共の精神・伝統文化など20もの徳目を、国家が法律で定めて子どもに押しつけようとするものです。新指導要領はそれを具体化したものであり、文科省は、指導要領改訂と同時に検定制度を改悪し、教科に関係なく、道徳や愛国心などをすべての教科書に盛り込むことを強制しています。新中学教科書は、こうした検定によってつくられたものです。
2. 新しい歴史教科書をつくる会(「つくる会」)は、2006年に内部抗争で「分裂」し、これまで「つくる会」教科書を発行していた扶桑社から次の教科書の出版を拒否されたために、自由社から中学歴史と公民の教科書を発行します。「分裂」した一方の八木秀次グループは、日本教育再生機構(「再生機構」)及び改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会(「教科書改善の会」)を結成し、扶桑社の100%出資の子会社・育鵬社から中学歴史と公民教科書を発行します。
このため、今年度の採択では、歴史わい曲・憲法敵視の教科書が歴史・公民共に自由社版・育鵬社版の2種類が登場することになります。
現在の検定は密室で行われ、文科省が教科書出版社に対して、検定申請図書(白表紙本)や検定情報の管理を厳格に行うよう指導しているために、検定公開後でなければ、自由社版・育鵬社版の新教科書の内容は正確にはわかりません。しかし、現行版や「つくる会」の会報『史』や「再生機構」の機関誌『教育再生』、「再生機構」が作成したDVD『教科書も「仕分け」しよう!』などで彼らが主張していることから、彼らの新教科書の内容を推測することができます。
3. 「つくる会」・「再生機構」=「教科書改善の会」は、自分たちの教科書は06年教育基本法と指導要領を最もよく反映した教科書だと主張しているので、予想される内容は、愛国心・道徳心・奉仕の精神・伝統文化・「我が国の歴史対する愛情」などをふんだんに盛り込んだ教科書だということです。その点では、現行版と大差はないと推測されます。
彼らは、扶桑社・自由社以外の教科書には、「有害添加物=毒」が盛り込まれていると他社の教科書を誹謗・攻撃しています。彼らのいう「毒」とは、「反戦平和や護憲、核廃絶、アイヌや在日外国人への差別撤廃、環境保護」などで、これらは「特定の政治勢力の見解に加担する」ものであり、偏った教科書、「毒入り教科書」だと主張しています。しかし、これらの内容は憲法や国際社会の常識であり、人類にとって21世紀の重要な課題になっているものであり、中学生が学ぶべき大切な内容です。
彼らの教科書は、こうした「当たり前」で大切な内容を取り上げない教科書だということです。
さらに彼らは、敗戦前までの国定教科書と同様に、神話上の人物で実在しない神武天皇を初代天皇と教科書に書けと主張しています。彼らの教科書は、現行版と同様に、天皇と支配者中心の歴史を描いているということです。また、戦前・戦中に子どもたちを軍国少年・少女に育て上げ、天皇のために喜んで戦争に行き死ぬことを最高の道徳だと教え込み、国民を戦争に駆り立てた教育勅語を礼賛しています。戦前の「修身」「国史」教科書の復活をねらうかのようです。
彼らは、韓国併合=植民地支配は日本の誇りであり謝罪する必要はない、韓国は感謝すべきであり、非難・抗議するのはとんでもない、と主張しています。彼らは、南京大虐殺事件や日本軍「慰安婦」の歴史事実を否定し、沖縄戦における「集団自決(強制集団死)」が日本軍の強制によることや住民殺害の事実を否定しています。自由社版も育鵬社版も、歴史をわい曲し、侵略戦争と植民地支配を肯定・正当化する内容は現行版と変わりがないということがうかがえます。
彼らは、国際関係は軍事力・経済力で競争する場、紛争は理性的な話し合いでは解決しない、軍事力・戦争で解決するのが当然だと強調しています。20世紀後半以降、戦争を違法化することが国際社会の最大の課題になり、とりわけ冷戦崩壊後の国際社会は紛争を武力ではなく話し合いで解決する方向に大きく転換しています。日本国憲法第9条は、今後の国際関係のルール「世界の宝」として、ますます重要性を増しています。彼らの教科書は、現行版同様に、憲法を敵視し、子どもたちを「戦争する国」を支える人間に育てる内容になっていると推測されます。
彼らは、ジェンダー平等教育や男女共同参画、夫婦別姓は家族を崩壊させ、日本国家を解体すると主張し、外国人地方参政権などにも反対しています。彼らの教科書には、こうした問題は取り上げていないか、あるいは彼らの主張に沿って書いていると思われます。
彼らは、竹島/独島や尖閣諸島問題について、「竹島/独島を韓国が不当に占拠している」「中国が尖閣諸島を取りに来ている」など意図的に問題にし、反中国・反韓国キャンペーンを展開しています。これは、偏狭な領土ナショナリズムを煽り、それによって自分たちの教科書の採択に有利な状況をつくろうという意図によるものです。彼らの教科書は、領土問題について、いたずらに紛争を煽り、隣国との友好関係に亀裂をいれるような内容になっていると思われます。北方領土を含めて、これらの領土問題は政府でも解決できていない問題であり、冷静な平和的な対話によってのみ解決の方向が見いだせるものです。中学生に敵愾心をもたせるような内容は、近隣諸国との友好や平和構築にとって百害あって一利なしといえるものです。
現行の自由社版・扶桑社版は多くの間違いや不適切な内容がほとんど訂正されないままになっています。そのために、この教科書を使わされている中学生、教員、保護者などは大きな被害を受けています。これまでの「実績」から見て、新しい自由社版・育鵬社版教科書も、多くの間違いがあるのではないかと推測されます。
自由社版・育鵬社版は、アジア近隣諸国を蔑視し、日本の侵略戦争・植民地支配を正当化し、戦争を美化・肯定して自衛隊の海外派兵推進をする、憲法を敵視し、男女平等を否定し、改憲を主張する教科書だといえます。間違った歴史や憲法観を子どもたちに刷り込み「戦争をする国」の国民づくりをめざす教科書です。
国連・子どもの権利委員会は、2010年6月15日、日本政府に対する「最終報告」を発表しました。この中で、「日本の歴史教科書が、歴史的事件に関して日本の解釈のみを反映しているため、地域の他国の児童との相互理解を強化していないとの情報を懸念する」「公的に検定されている教科書が、アジア太平洋地域の歴史的事件に関して、バランスの取れた視点を反映することを確保するよう勧告する」としています。この「懸念」や「勧告」は明らかに「つくる会」教科書に対してのものです。
日本国憲法は日本が再び侵略戦争をしないという国際的宣言・国際公約です。教科書検定基準の近隣諸国条項は、日本のアジア侵略戦争・植民地支配・加害などの歴史的事実を教科書に正しく記述することをアジア諸国および人びとと日本国民に約束したものです。さらに、日本政府は、1993年の河野洋平官房長官談話、95年の村山富一首相談話、98年の日韓共同宣言、日中共同宣言、2002年の日朝ピョンヤン宣言、2010年の菅直人首相談話などで、侵略・加害、植民地支配の事実を認め、歴史教育でこうした事実を学び記憶して、二度と同じ過ちを繰り返さないことを国の内外に約束しています。自由社版・育鵬社版はこうしたものを正しく反映していません。
自国中心主義でアジア諸国、アジアの人々を蔑視・敵視する自由社版・育鵬社版教科書で学べば、アジアの人々・諸国との共生、平和な共同体をめざす国際社会にふさわしい子どもは育ちません。
4. 「つくる会」・「再生機構」=「教科書改善の会」・日本会議などは、自由社版・育鵬社版教科書を採択させるための活動を展開しています。彼らの採択方針は、神奈川県横浜市や東京都杉並区などで「成功」したやり方を全国に拡大するものです。それは、彼らの教科書と運動を支持する首長に取り入り、その首長が任命した教育委員の過半数を獲得して、教育委員の(無記名)投票によって採択を獲得するというやり方です。
自民党は彼らの教科書採択のために、「各地方議会での活動が死活的に重要」として、全力をあげて支援するように、都道府県連に指示を出しました。自民党の日本の前途と歴史教育を考える議員の会(「教科書議連」)も教科書採択活動をバックアップするために活動を再開しています。
日本会議は全国に130以上の支部を設立し、日本会議地方議員連盟に参加する地方議員は400名以上いるといわれています。これらの支部や日本会議地方議員連盟所属の議員が、自由社版・育鵬社版教科書の採択のために活動しています。
彼らは、採択活動を有利に展開する「環境づくり」のために、いま、各地の地方議会に対して、「教育基本法や学習指導要領の改正の趣旨に最もふさわしい教科書の採択」を求める請願(陳情)を行っています。教育委員会は一般行政から独立した教育行政機関であり、その教育委員会が行う教科書採択は教育内容に関わるものなので、議会が多数で決議して特定の教科書の採択を要求するのは議会による教育行政への介入であり、教育基本法第16条が禁じる「不当な支配」にあたり、議会がやってはならないことです。しかし、この請願は、すでに、いくつかの府県議会や市議会で採択されています。
5. 今年は、このような教科書をゼロ採択に追い込み、1996年から15年も続いている「つくる会」などの第3次教科書攻撃、歴史わい曲・改憲の政治運動に終止符を打つ年にする必要があります。そのためには、①自由社版・扶桑社版が採択されている地域・学校で採択をやめさせる、②新たな地域・学校で自由社版も育鵬社版も採択させない、という取り組みを全国各地で展開することが求められています。
教科書採択は、採択地区ごとに行われるので、それぞれの地域でこれらの教科書を採択させない取り組みが必要です。この活動は、地域の草の根の平和と民主主義を実現する取り組みでもあります。全国各地で、「自由社版も育鵬社版もNO!」の世論が高まることが、決定的に重要であり、それぞれの地域で学習会などを開催し、宣伝活動を行い、教育委員会などに要請する取り組みを進めることが急務になっています。
「つくる会」が結成されてから14年間で、教育も教科書も重大な改悪が行われてきました。日本軍「慰安婦」の記述は中学教科書からほとんど消され、日本の侵略・加害、植民地支配や沖縄戦、戦後補償の記述も後退してきました。2007年の沖縄戦「集団自決(強制集団死)」検定問題も「つくる会」などの運動によって起きたものです。
私たちは、各地の教育委員会が、日本国憲法や近隣諸国条項、日韓・日中・日朝共同宣言、官房長官談話や首相談話の趣旨を正しく反映しない教科書を採択しないよう強く要請します。
私たちは、今年こそ自由社版・育鵬社版教科書をゼロ採択に終わらせ、「つくる会」などによる教科書攻撃、教育破壊の政治運動に終止符をうち、憲法・47年教育基本法・子どもの権利条約の精神を活かした、真に子どものための教育の実現をめざす年にしましょう。2011年はその意味でも大きなチャンスの年になるように、全国の皆さんが地域から活動を展開するよう呼びかけるものです。
2011年3月30日
アジア女性資料センター/「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク/一般財団法人歴史科学協議会/ABC企画委員会/大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会/沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会/沖縄平和ネットワーク/沖縄平和ネットワーク首都圏の会/大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会/女たちの戦争と平和資料/「学校に自由の風を!」ネットワーク/教科書・市民フォーラム/憲法を生かす会/憲法・1947年教育基本法を生かす全国ネットワーク/子どもと教科書全国ネット21/子どもの権利・教育・文化全国センター/「子どもはお国のためにあるんじゃない!」市民連絡会/相模原の教育を考える市民の会/ジェンダー平等社会をめざすネットワーク/社会科教科書懇談会/自由社版歴史教科書使用の横浜市8区市民連絡会/自由法曹団/杉並の教育を考えるみんなの会/「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク/「つくる会」教科書採択を阻止する東京ネットワーク/中学歴史教科書に「慰安婦」記述の復活を求める市民連絡会/男女平等をすすめる教育全国ネットワーク/中国人戦争被害者の要求を支える会/地理教育研究会/東京歴史科学研究会/南京事件・沖縄問題合同研究会/南京への道・史実を守る会/日中韓3国共通歴史教材委員会/日本出版労働組合連合会/日本の戦争責任資料センター/ひらかれた歴史教育の会/ピースボート/許すな!憲法改悪・市民連絡会/横浜教科書採択連絡会/歴史教育者協議会/「歴史認識と東アジアの平和」フォーラム日本実行委員会
(以上日本側41団体、2011年3月30日現在)
韓国・アジアの平和と歴史教育連帯
問合せ・連絡先:子どもと教科書全国ネット21
●子どもと教科書全国ネット21事務局長による「談話」もあわせてお読み下さい。