【北京報告】⑩フラストレーション、どたばた、失望
2005/03/11北京+10報告
3月9日フラストレーション、どたばた、失望
昨日は帰ってきて椅子にすわったとたんに睡魔がおそってきて、パ
ソコンをたたきながら眠ってしまった。というわけで、一日遅れのレ
ポートになってしまったがお許しを。
決議文の文言をめぐる政府間の交渉は、「インフォーマル・ミーテ
ィング」で――つまりNGOにはアクセスできない非公表会議で行われて
いる(実際には一部NGOが参加できるものもあるようだが)。どの政府
がこんな文言を提案している、あそこの地域グループはA国とB国の間
で対立している、あたらしい決議案が出た、いやそれはもう古い……
政府にはたらきかけをしようにも、政府代表や文書、情報、NGOコーカ
スのメンバーにすらアクセスできないフラストレーションを、私だけ
でなく多くの人が感じているようだ。とくに人身売買に関しては、い
まだにNGOコーカスがどこでミーティングをしているのかという情報す
ら手に入らない。
11時、アジア太平洋コーカス。決議文に関しては、さまざまな政府
がいろいろといい修正案を出してきており、全体にいい方向に動いて
いるという報告が、それぞれの問題を近くでフォローしているメンバ
ーからなされる。NGOとしてどの国の修正案を支持するかということ
も、この時点ではかなり明確に伝えられた。問題のアメリカ提案2本に
ついても、各国の介入によって、当初よりもかなりいいものになる可
能性があり、むしろアメリカが提案を取り下げる心配もでてきてい
る。
経済に関しては、アメリカの最初の案が基本的に女性の市場参加を
促進することしか述べていないのに対して、各国政府から、土地への
権利、社会保護、集団交渉、セクシャル/リプロダクティブ・ヘルス
など、いくつもの重要な要素を含めることが提案されており、NGOとし
てはこれらの言葉を入れることでアジェンダを広げるよう政府に働き
かけていく。
人身売買の決議案のほうは、いっそう情報が錯綜している。ひとつ
には政府だけでなくNGOも売買春に関して立場が分かれているせいだろ
う。ここで最新の修正案のドラフトのコピーが到着、新しく挿入が提
案されている節が読み上げられたが、私たちにまでコピーはまわらな
い。これについて報告したパムは、人身売買の根本的な原因として、
売春への需要よりも貧困やジェンダー不平等が指摘されており、かな
りいいものになったと評価した。もうあまり心配することはないとい
うことか?人身売買決議をフォローしているラフィにアプローチし、
問題のドラフトのコピーをとらせてもらうことに。
コピー機の故障のために建物内をうろうろし、ようやく座ってドラ
フトにゆっくり目を通しながら、突然はっとした。「被害者保護」と
いう言葉は入っているものの、しばしば「非合法な移民」として扱わ
れる人身売買被害者たちをNGOと協力しながら保護し、本人が望むなら
滞在権を保障し、精神的社会的経済的支援を提供して再統合を支援す
る必要と政府の責任については、ひとことも触れられていない。ほん
とうに他のNGOはこの修正案を評価しているんだろうか。今からでも被
害者保護を強力にプッシュできないのか。
論点は何が人身売買の根本原因かということだという説明だけ聞い
て、今までじっくりと中身を考えていなかったことを深く後悔しなが
ら、相談できそうな誰かを急いで探し回る。だが誰にきいても、人身
売買コーカスのメンバーがどこにいるのかわからない。
そうするうち日本NGOミーティングの時間。NGOとして政府代表団に
入っている房野さんは、到着するなり、これが政府にインプットでき
る最後の機会だと告げられる。しかたないので他の決議に関してはAP
コーカスなどで得た情報を伝え、人身売買については、ぜひ被害者の
保護とリハビリを押してほしいとお願いしたが、日本政府がこれを支
持する可能性はほとんどないでしょう、と言われる。まあ実際にやっ
ていることを考えればそうだろう。やはりNGOのキーメンバーと話すし
かなさそうだ。小泉発言に関する日本NGOの申入れ文書のほうは、午前
中のうちに直接、政府代表の目黒さんにお渡しした。
走り回っているあいだに、今日の本会議のセッションで発言する機
会を与えられたNGOのリストが目に入った。午後4:30からのセッショ
ン、3番目に、私が代表する平和コーカスが入っている。予定は明日だ
ったはずなのに……実は決議文を読み上げる大役を私が仰せつかって
いるのだ。国連事務局へのつなぎを担当してくれているジャニスの姿
が見当たらず確認できないが、どうもとつぜん順番が変わったらし
い。これでいろんな予定が狂ってしまった。コーカスのメンバーにジ
ャニスと連絡をとってもらうよう頼み、私のほうは、午後2時からミー
ティングを予定していたNGOに電話を入れて明日に伸ばしてもらう。
廊下で通りかかった、アジア太平洋コーカスで人身売買をフォロー
しているラフィをつかまえる。あの人身売買決議案はすごく問題だと
思う、というと、ようやく人身売買コーカスのメンバーがミーティン
グしている場所につれていってくれた。右派の妨害を恐れてこっそり
ミーティングしているのだというが、これではほかのNGOも参加できな
いではないか。チームのメンバーに、防止だけに重点をおいた決議案
ではまずい、被害者保護やリハビリ支援の必要と政府責任について強
調しなくては、といったとたんに、相手の顔がかたくなる。私たちは
その言葉は嫌いね。彼女たちにリハビリテーションは必要ない。一瞬
なにを言われたかわからない。どうやら私は言ってはいけない言葉を
言ったらしい。「リハビリテーション」という言葉を、彼女たちは
「回復」よりも「更正」という意味合いで理解しているようだった。
それは相手を子どもや犯罪者みたいに扱う言葉でしょう、という。
あなたがリハビリという言葉を嫌いなら別の言葉でもかまわない。
でも日本政府がやっていることは、被害者をまさに犯罪者扱いして国
外追放し、よけいに彼女たちの状況を悪くしているだけ。被害者がふ
たたびブローカーの手に落ちないように支援する必要のことを私は言
っているんだから、リハビリという言葉が気に入らないなら別の言葉
を提案してよ。そう言っても、相手の態度は変わらなかった。
私たちはもうこのことについては議論しないことに決めたの。そん
なに気になるんだったら、ヨーロッパやブラジル政府も同じことを言
ってるから、心配する必要ないんじゃないの。それで話は終わりだっ
た。アメリカがこの人身売買決議案を出してきた背景に、売春をモラ
ルの問題として否定しようとするキリスト教右派の動機があるのはま
ちがいない。
それに対する立場はいろいろありうるだろうが、この決議案は売買
春ではなく人身売買がテーマだ。宗教右派に対して過剰に防衛的にな
っているのだろうか、サバイバーの被害回復がまったく視野に入って
いないし、他のNGOに対して排他的な態度をとっていることに、ほんと
に失望させられた。
4時半、本会議が始まる。通常は2階の入り口からNGOに割りあてらた
席で傍聴するが、今日はスピーカーとしてバルコニー席で待機する。
平和コーカスのメンバーが後ろの席に応援に来てくれた。国連事務局
の人が来て、持ち時間は2分になったと告げられる。私たちの声明は明
らかに長すぎる。その場で他のメンバーと相談して3分の2に削るが、
それでもかなりの早口で読み上げなければならない。順番は意外に早
くまわってきた。
もっと緊張するかと思っていたけど、自分の主張を相手に伝えるた
めのスピーチと違って、たんに原稿を読み上げるだけなので、どうと
いうこともなかった。ちょっとつっかえたが、まあ無事に役目を果た
したと思う。5時前に会議場を抜けてリンケージコーカスに参加するこ
とができた。
友人たちはねぎらってくれたが、正直な気持ちを書けば、100%
自分の言葉ではないものを読み上げるのはあまり気がすすまなかった
し、この先につながるような活動であったとも思えない。こんなこと
で多くの時間を割くくらいなら、人身売買について、もっと早くから
状況を理解してフォローしておけばよかった。その意味では、リンケ
ージコーカスも、その後のワークショップも非常に実り多い議論だっ
たが、もう長くなったのでこれは次の回で。
もとやま