特別公開「女たちの21世紀」教育への国家介入がもたらすものとは何か 特集号「特集にあたって」
2017/12/22*「女たちの21世紀」No.92【特集】教育への国家介入がもたらすものとは何か に掲載した「特集にあたって」(竹信三恵子)を特別にウェブ公開します。
特集にあたって 「教育」が人権を破壊するとき
竹信三恵子(責任編集)
人の幸福は、その抱える現実によって異なる。教育は、そんなさまざまな個人が、それぞれの幸福を追求する権利を実現する力を育むためのものだったのではないだろうか。そんな教育がいま、個人の人権や尊厳を破壊する道具に変えられようとしている。
自民党が国会提案を目指す「家庭教育支援法案」は、その代表例だ。ここには「父母その他の保護者の第一義的責任」において子どもの調和のとれた発達を図るよう「努める」ことが責務、とある。子育ては一人だけではできない。私たちはそんな支えを国に求めていく「権利主体」だったはずだ。それがいつのまにか、お上に都合のいい人間を育てなければ責められる存在に変えられつつある。
「家庭教育」が「権利」でなく「責務」となることで、家庭の女性たちは子どもを国家への奉仕に動員する手配師の立場に追い込まれる。そんな手配師によって、子どもたちも「国家に奉仕する道具」へと追い込まれ、「自分の幸福のために生きる力」を破壊されていく。こうした子どもたちに、学校での「道徳教育」が、内面操作を通じて道具としての総仕上げを行う仕掛けだ。
そんな人権破壊の動きは、朝鮮高校無償化問題に端的に表れている。ここでは、国家が、「日本のため」になる子どもを、合理性のない勝手な基準でふるい分ける。外された子どもたちは支えを受ける権利を奪われる。
「戦争できる国」と「グローバル競争に勝てる企業」に奉仕する道具をつくるため、家庭は格好の工場だ。人の生に不可欠な家庭という場で親密な人々から「愛」の名で働きかけられ、拒否できる人は少ないからだ。
その先兵となるのは女性たちだ。ここには、女性が自らの幸福を追求することを当然とする女性の人権の観念など、入る余地はない。
そうした兆しは、習近平政権下の中国や、朴槿恵大統領時代の韓国でも見られる。家庭教育や道徳教育は教育分野の問題という声を女性たちから聞くことがあるが、この問題は国境を越え、女性の人権にとっての中心課題なのだ。
脱出へのヒントはある。元文部科学省次官の前川喜平氏はこの特集のインタビューで、官僚や政治家が一枚岩ではなかったことを明らかにしている。「個人の尊厳」と「国家の強化」という教育をめぐる二つの流れの綱引きは、意思決定層の間でも続けられてきたからだ。私たちに必要なのは、その大きな綱引きを支え、引き戻す知恵だ。女性の人権の今後は、その知恵にかかっている。
たけのぶ・みえこ/ジャーナリスト、和光大学教員、アジア女性資料センター代表理事